ラップランド大学 国際文化学科4年 内藤海<最終号 2024年5月~6月>

●はじめに

どうも日本からこんにちは。

ぼくが山口を出てから351日が経ちました。この文章は山口に向かう新幹線の中で書いています。実はもっと早くに最終号を書くつもりだったのですが、どうやらぼくのズボラな性格は留学では治らなかったようです。留学体験記 第1号から読んでくださっている方は聞き覚えがあるかと思いますが、昨年の8月末、日本を出国する際、手続きが遅れた私は、フィンランドに到着後、他の交換留学生よりも遅れて講義に参加することになりました。到着したその日、9ヶ月間の留学の中で最も大きな挫折をしました。第1号を執筆していた時点では、ぼくにとってその出来事はあまりにも衝撃的で、かなり落ち込んでいたので詳細を記すことができませんでした。この留学が終わった時、いつかきっと笑い話にしようと心にしまっておいた話を今からしたいと思います。

●Xデー

ロヴァニエミ空港に到着後、車で迎えに来てくれていた学生チューターの方がディナーに誘ってくださいました。正直、その日の夜はゆっくり休みたいなというのが本音でした。トランジットを含む20時間以上のフライトを終え、私の腰とお尻は爆発しそうだったからです。しかし、せっかくフィンランドまで来たのだからと、ディナーへの参加を決め、寮から1時間くらい歩いたところにあるパーティー会場まで行きました。扉を開けると、狭い空間にはヨーロッパ各国から集まった留学生たちが15人くらい集まっていました。握手をしてハグをして、中には頬にキスをしてくれる人もいました。いつもと違うあいさつ文化に触れて早くも焦りまくっていたぼくの様子は、はたから見たらかなり滑稽だったと思います。一通り挨拶が終わると各々会話をし始めました。ぼくは彼らが何を話しているのか、それどころか使用言語が英語なのかさえわからず、テーブルに出ていたサラダを無心で食べていました。その時、そんなぼくを見兼ねたのか、3人の女の子が声をかけてきました。"When did you arrive?(いつ着いたの?)" 突然聞かれた英語の質問に答えられるわけもなく、日本から持ってきた唯一の武器でぼくは応戦しました。「パードゥン?(もう一度言っていただけますか?)」少し微笑んだ彼女は、もう一度同じスピードで同じことを聞いてきました。" When did you arrive?" 今聞いたらものすごく簡単な英語ですが、当時のぼくにとっては難しかったのです。逆に言うと、これがわからないレベルでフィンランドに到着したのです。既にパードゥンを使ってしまったぼくは、脳をフル回転させ、Whenはいつ、didは過去の話、Youはぼくのことであることが理解できます。問題はアライブです。程なくして「alive 生きている」、つまり質問は「いつ生きたの?」が転じて「誕生日はいつ?」であると結論づけました。ぼくは、「いつ着いたの?」という質問に「2001年の7月10日だ」と答えました。その瞬間、3人の女の子の顔は困惑した表情に変わり、これまで別の話をしていた他の留学生も話をピタッとやめ、ぼくに注目しました。ぼくはなぜこんなことになっているのかわからず、再び味のしないサラダを食べはじました。狭い部屋には「シャキ、シャキ」とサラダを噛む音が響き渡っていました。

初日の18時ごろに以上のような怖い体験をしてから夜中の1時に解散するまで、私はあの時の空気がトラウマになり、一言も喋れませんでした。自分の下宿先に帰宅する際、スマホの充電が切れていて到着するまで4時間彷徨いました。その途中で雨に降られ、ずぶ濡れでやっと帰宅したぼくは、流石に涙を流しました。

その後、ぼくがどのようにしてその挫折を乗り越えたのか。気になった方はぜひ第1号を読んでみてください。

ディナーの日の様子1
(その日の様子"1アルファベットも聞き取れなくて激焦り神様いるなら今助けて")
ディナーの日の様子2
(彷徨い中)

●最後に

そんなこんながありながら、ノルウェーに行ったり、ドイツに行ったり、トレーニングにハマったり、太陽が昇らない暗闇の期間を過ごしたり、視界に広がるオーロラに感動したり、ここではお話しできないことまで本当に色々な体験をしました。

日本に帰ってきた今も、スロベニアやベルギーの友達から「What's up?(元気?)」と電話がかかってきます。来年の3月にはドイツから日本に遊びに来る友達もいます。

この1年、ぼくは必死に生き抜きました。何本もプレゼンテーションをしました。0から初めたボクシングでボコボコにされても立ち上がりました。クラブで突如始まったリンボーダンスで一番になりました。バーの舞台で知らない洋楽を歌わされました。-30度の中、なくしたスマホを警察と探し回りました。英語で友達と喧嘩をした夜もありました。サウナで辛かった経験、悲しかった出来事を話しました。キャンドルを焚いて友人の幼馴染の死を悼みました。ヨーロッパ中にたくさんの友達ができました。

ノルウェー・ロフォテン諸島
(ノルウェー・ロフォテン諸島)
初めてのボクシング
(初めてのボクシング)
留学中の様子
(本当に覚えていない)
ノルウェー・ロフォテン諸島
(ノルウェー・ロフォテン諸島)
グローバルな年越し
(グローバルな年越し)
筋トレにハマる
(筋トレにハマる)
凍った湖上でのスケート1
(凍った湖上でのスケート)
凍った湖上でのスケート2
ルールがわからないゲーム
(ルールがわからないゲーム)

誰が何と言おうとぼくはこの1年生き抜いたんです。なんとかなったんです。なんとかしたんです。だからこの先の人生もなんとかなるはずなんです。なんとかできるんです。なんとかするんです。

自分の目の前には未知の未来が広がっていて、漠然とした不安を常に抱えなければいけない人生の中で、23歳のぼくが頼れるのはかすかに残った自分への期待と自信、そして世界中にいる友人たちです。

  • とてもベタな言葉ですが、
  • 何かに迷っている人は一歩踏み出してみてください。
  • 大丈夫です、ぼくができたんですから。
  • ぼくはこれからも絶えず挑戦し続けることを約束します。
  • だから皆さんもやってみてください。
  • さて、新幹線を降りて宮野に向かっています。
  • 私の視界に広がる山口は351日前と全く異なっています。
  • それはきっと、山口の景観が変わったらではなく、ぼくが変わったからです。
  • また来年以降、誰かが、或いはあなたが書く留学体験記を楽しみにしています。
  • それでは、また。
留学先での写真