【 学生の活動 】

● スピーチコンテストでの活躍
 2009年12月8日に開催された本学国際文化学部主催のマルチリンガルコンテストは、今年で第6回目を迎えました。毎年、学内外から多くの大学生や社会人が2つの言語を用いたスピーチに挑戦しています。英語・中国語・韓国語と日本語といった組み合わせや、英語と中国語・韓国語といった組み合わせなど、2つの言葉でメッセージを伝えます。国際文化学科の学生は特にこのスピーチコンテストを登竜門とし、学外のスピーチコンテストに出ていきます。
 学外で開催されるスピーチコンテストに出場し、優秀な成績を修める学生も数多く出ています。中国語では全国大会で優勝し、北京で開催された世界大会に出場した学生を出しました。そのほか、西日本中国語大会で、スピーチの部で1位を続けて出し、暗唱の部では3位入賞者を数多く出しています。

● 山口県立大学開学68年記念行事「学生の主張」
 2009年5月15日の開学記念日に開催された「学生の主張」で、国際文化学科2年生(玉川さん、村上さん)がTFT(Table for Two:テーブル・フォー・ツー)を提案。学生にはヘルシーな献立を提供しながら、開発途上国に売り上げの一部を寄付し、自分ともう一人の誰かが昼食を食べられるしくみを実践し、行動することを大学で始める大切さを主張しました。
 この提案に共感した学生30名がTFTプロジェクトを始動させ、11月には学園祭で、さらには12月にはTFT週間とし、学生たち自らが考案した低カロリーメニューを学食に登場させました。売り上げは、NPO法人TFT事務局(東京)を通じて寄付されました。
 これらの活動は、読売新聞(2009年5月16日)、毎日新聞(2009年12月15日)、読売新聞(2009年12月16日)等で紹介されました。

● 山口市報新年号の紙面を編集!
 2009年1月1日発行のやまぐち市報新年号「学生いきいき紙面作成事業」で、学生たちが山口市の「まちの顔」の魅力と可能性についてリサーチし、広報公聴課の指導を受けて紙面の編集をしました。参加したのは、国際文化学科で「地域実習」科目を履修している2年生の7名のグループ。広報誌作成のための基礎学習、調査、取材、写真撮影、紙面の編集といった作業を行い、「白ギツネ」のイラストも考案しました。最後に、山口市長に対して成果報告も行いました。
 若い人の明るい笑顔がお正月の各家庭に届けられたと好評でした。「白ギツネ」のイラストも人気です。


● 青年海外協力隊員に!
 青少年活動や村落開発、日本語教育などの分野で、青年海外協力隊員になった卒業生がいます。以下、卒業生(南 裕子さん)のメッセージを紹介します。

 先月の14日に2年間お世話になった山口を去り、今は実家で2歳くらいの子どもたちに毎日プールを教えています。週3回は体育館や公民館でおじさまとおばさま方と混ざって卓球を再開しました。祖母と母と親子三代でピラティスや社交ダンスなど、公民館をフル活用しています。先日のニュースで入社式についてやっており、新社会人のピシッとした姿を見て、「私はいつになったら、あんな風に会社勤めをするのだろうか……」と思いながらネパール語と闘っていました。
 8月から青年海外協力隊の訓練が入ってきます。8月のどこか3週間で栃木県の学校で肥料のことについて勉強します。9月は5日間ほど、東京で村落開発普及員としての活動方法を学びます。10月から12月の2ヶ月間は語学を学びます。
 青年海外協力隊の事を知ったのは、県大の先輩です。彼女は野菜隊員でアフリカに行っていたと話しておられました。山口県にきてから無農薬農家の方との出会いがあり、協力隊に応募する1ヶ月前までは張り切って野菜隊員で応募しようと考えていました。アメリカの交換留学プログラムが終了し、秋卒を目指していた私は、帰国してからは卒業論文に追われていました。卒業式の2ヶ月後くらいに秋募集の締め切りがありました。
 面接を受けにこられた方はほぼみなさん会社から有給をもらって面接にこられている方ばかりでした。村落開発普及員としての派遣される利点を考え、1次の書類選考が通過するまで母に内緒で応募しました。インターネットで審査の合否が確認でき、自分の番号が無事にあったことを確認して、初めて親に応募していた事を報告しました。書類締め切りから合否が出るまでに1ヶ月ほど間があいており、気持ちが宙ぶらりんの日々を送っていましたが、1次合格してから2次面接までの間の期間は2週間しかあいていなかったので、そのままの熱い気持ちで東京に面接にいけたことが良かったと思います。書類審査の時に、希望する国や地域を3つ挙げることができます。しかし、必ずしもその希望通りに行けるとは限らないのです。私はペルーに行く機会があった時に、スペイン語を話している国や地域が多い事を知り、スペイン語を話す事ができれば将来スペイン語を使用する国や地域を旅できると思い、中南米を希望していました。結果的に派遣先はネパールになりましたが、ネパールを知り尽くす勢いで、語学勉強を頑張っています。
 今考えると出会いというのは運命なんだなぁと感じます。山口県立大学に安渓先生がいらっしゃらなかったら、山口県立大学に編入してないですし、先生ご自身のサイトに、論文やオカリナを吹いている写真を掲載していらっしゃらなければ、私は山口県に興味などわかなかったです。そして、山口の市内観光を自転車で廻っていなければ、龍福寺の裏通りにある休憩所に入らなければ、防府の農家のお父さんお母さんにも出会ってませんでした。そんな出会いの積み重ねと言いますか、自分が頭より身体が先に動いてしまうことや、思い立ったら行動に移さないと気がすまない性格があったからこそ、今までの出会いがあったと思い、とても温かい気持ちになります。
 ネパールの地で、新たな人やいきものたちとの出会いを通して、少しでもみんなが笑顔で過ごせるようにしていけたらいいなと思っています。